過去を捨てたことは良い選択だったのか?

先日、旧友のお葬式があった。学生時代の後輩で卒業してからは一度会っただけの間柄。たった1回しか会ってないけど、2年前に会ったので、何を話したかどんな服を着ていたかまではっきり覚えている。

若い人が亡くなるときは、おじいちゃんやおばあちゃんと比べて突然。とても近い友人と言うわけではなかったので、涙が溢れたり感情が乱れるということはなかった。ただただ悲しく、神様の存在を疑うばかり。

通夜に行く日、「そういえばみんなで海に行った時の写真があったな」と思い、思い出ボックスの中を見る。ない。
そうか。私はほとんどの過去を捨ててしまっていた。

私は26歳以前の自分を捨てたかった。思い出すだけで恥ずかしいこともあるし、つらくて涙が出そうになることもある。その時の自分は本当に嫌いだ。

一方で、その頃に出会った友人も何人かはいるので、数枚の写真を残していたつもりであった。でも、その数枚の中に彼女や葬儀で会った旧友たちの写真はなかった。

前向きに生きるために過去を捨てた。この選択に後悔はしていないけど、少し考えながら葬儀へ。

 

葬儀会場には、彼女が撮影した写真が飾られていた。
彼女はたくさんの写真を残していた。過去を捨てた私とは違って丁寧に残していた。

彼女にとって、ただ数年一緒にいただけの私も残しておきたい思い出の1人になっていたそう思うと、嬉しい一方で、自分が過去を捨てた事はなんだかとても悪いことをしたような気分にもなった。

 

今考えると、「過去を捨てること」や「過去を消したくなること」は、余裕がなかったからなのかもしれない。
心に余裕があれば全てを受け止めて、「これも自分の人生」「こんなこともあった」とすべて受け止められたかもしれない。

心の余裕、周りへの優しさ、包容力。
彼女は私にないものを全て持っていた。

年々、心の余裕は持てるようになってきている。でも、彼女に比べたらまだまだ。
周りに愛され信頼され、仕事にも趣味にも全力で取り込んでいた彼女に恥じないように、自分の悪い部分を少しずつ変えていきたい。

天国で会えるころには、私も彼女みたいに穏やかな雰囲気になっていたい。

旧友が亡くなるのは2人目。彼女たちの分もしっかり人生を満喫して、天国に土産話を持っていこう。